はじめに
ステンレススチールは、カテーテル、ステント、ねじ、チューブ、ガイドワイヤー、歯科用製品、整形外科および幅広い医療機器を含めた生物医学産業で使用されています。ステンレススチールは耐腐食性のため、頻繁に選択される金属です。
ステンレススチールの腐食はステンレスの品質、保護膜の品質、表面汚染の存在および周囲環境への露出といった要因により発生します。AES分析は腐食防止のために用いられる保護膜の品質を決定するのに有効な分析手法です。これに加え、もし腐食が発生した場合、AES分析は腐食原因の調査にも有効な分析手法です。以下に事例をご紹介いたします。
AES分析装置は高解像度の電子顕微鏡像(SEM像)の取得が可能
図1は300シリーズステンレスシートの受領したままの試料表面について、AES分析装置で取得された高解像度の電子顕微鏡像(以下SEM像)を示しています。このSEM像は一連の極微小の欠陥を示しており、これらの微小欠陥の多くは直径約25nmしかありません。このSEM像はAES分析箇所を決定するために用いられます。
AES分析装置は微小欠陥の元素分析が可能
一つの大きい欠陥(測定点1)と小さい欠陥(測定点2)は、これらの欠陥から離れたコントロール領域(測定点3)と併せて測定を行いました。3つのAESスペクトルすべてから、大気暴露したステンレススチール表面から良く検出されるC、O、Cr、Fe及びNiの存在が確認されました。これに加え、大きい欠陥(測定点1)からのスペクトルは、多量のCaと共に、微量なNaの存在を示しています。
小さい欠陥(測定点2)のAESスペクトルはSとNa汚染の存在を示す以外に、Fe/Cr比がコントロール領域(測定点3)と大きく異なることを示しています。
AES分析装置は元素マッピングデータの取得が可能
これら3つの測定点から検出された元素の原子濃度を表1に示します。AESマッピングデータは、Ca、CrおよびFeを含めた着目した数元素について取得しました。Caのマッピングデータ(図3)は、1mm2の視野内のCa汚染の面内分布を明らかにしています。
■ 図1〜図4
図1:高解像度のSEM像
図2:CrのAESマッピングデータ
図3:CaのAESマッピングデータ
図4:FeのAESマッピングデータ

■ 図5:3つの測定点のAESスペクトル

■ 表1. 原子濃度 (atom %)
測定箇所 | C | O | Na | S | Ca | Cr | Fe | Ni |
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測定点1:大きい欠陥 | 13.1 | 30.2 | 3.5 | − | 38.0 | 3.4 | 10.0 | 1.9 |
測定点2:小さい欠陥 | 8.6 | 35.2 | 5.6 | 0.5 | − | 9.7 | 37.9 | 2.6 |
測定点3:コントロールエリア(正常部) | 21.4 | 33.4 | − | − | − | 16.7 | 24.1 | 4.5 |
まとめ
多数の粒状の欠陥がSEM像内で観察されましたが、Caのマッピングデータに示されたように、これらの中のほんの一部に、多量のCa汚染が含まれています。
小さい粒状の欠陥の多くはコントロールエリア(測定点3)と比較して、基材のステンレススチールのシグナル(多量のFe)が検出されています。
これは、局所的な腐食はこれら25nmサイズの欠陥の中で発生し、潜在的な腐食原因は図5のスペクトルより、Naが伴っていることを示唆しています。