春夏秋冬

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■2011年12月26日 「2011年を振り返って、」

今年も残すところ5日程度となりました。2月のニュージーランドの地震に始まり、3月11日の大震災とそれに続く津波被害、そして放射能汚染、タイの洪水による世界的な電子部品供給不足、ヨーロッパ金融不安と世界経済の不安定化など、不安要因が集中噴出した1年でした。弊社も地震以降、災害に対する対応に右往左往し、大きなリスクを回避すべく試行錯誤の連続でした。今後、いつまた災害が襲ってくるかわかりませんし、不安定な経済の波にのみ込まれるかもしれません。でも、今年の経験から学び、将来につなげなければ今年が意味のない年になってしまいます。2011年を忘れないためにも。

さて、先週まで来日していた米国人が日本に対する大変興味深い感想を話していました。一つは、どこもきれいで清潔であること。2つ目は、多機能便座などに代表されるかゆいところに手が届くサービス・技術が付加された電化製品群。3つ目は、買い物した時の包装の丁寧さ。これらは我々から見ると当たり前のことですが、外から見ると誇るべき事柄のようです。これら3つに共通しているのが、「サービス」、そして「心配り」です。「心配り」は日本文化要素の重要な要素といっていいと思います。外国人から指摘されて改めて実感しました。この心配り、時に過ぎてしまうと外国からは理解されない場合もあるかもしれませんが、これが日本のユニーク性を表しているのだと思います。7月のブログでも書きましたが、日本が誇るおもてなしの精神につながります。国際化、国際競争の波の中、日本的な心配りを我々の強みとしなければならないように思います。

震災で、「日本人は強い」、ということを改めて認識しました。この強さと他に類を見ない心配りで世界と競合できる製品やサービスを展開できると信じたいと思います。弊社も「心配り」を意識したサービスを来年も目指していきたいと思います。

来年が皆様、そして日本全体にとってよい年である事をお祈りしております。

■2011年12月19日 「外国人とのコミュニケーションについて、パート2」

先週、ニュージャージーラボとノースカロライナラボを訪れた。目的は、分析者たちとコミュニケーションを図ることと情報交換である。今ではインターネットなどの先端ツールを用いれば、現地に行かなくてもコミュニケーションは取れる時代になったが、真に人となりを伝え合うには「Face to Face」が一番であると思う。先のブログでも記したが、我々の仕事の中で一番大切で、一番難しいのが外国人とコミュニケーションをとることである。お互いが抱える背景を理解しつつ意見を聞き、理解しあうには顔を突き合せないとなかなか本音が伝わらないものである。(顔付き合わせると通じない英語もボディーランゲージが多少の助けにもなる。これは私だけの感想かもしれないが)

ニュージャージーラボ(かつてのEvans East)とは、すでに20年の付き合いがある。しかし、責任者が変わったり、新しい分析者が加わったり、ラボの抱える課題も年々変化している。その為、良いコミュニケーションを維持するには、定期的な訪問が不可欠である。Evans Analytical Groupの主なラボとして、カリフォルニアとニュージャージーがあるが、ニュージャージーラボのほうがよりアメリカを感じる。より自由で、変化に富んで文化性を感じさせない多様性とフラットさがある西海岸に対して、東海岸はより保守的で、ビジネスライクで、かつての入植の色を湛えているようにも感じる。そのせいかラボの人たちと話をしても、やはりカリフォルニアとは違う反応があり、異なるものに対するフィルターがあるのを感じる。その為、どちらかというとなかなか我々の意志を共有できないことを感じるのもニュージャージーのほうが多い。

ところで、今回日曜日を利用して、ニューヨーク(NYC、いわゆるマンハッタンである)を観光した。今回はソーホー、トライベッカやチェルシーなどの地区を散策して、ストリートパフォーマンスや出店やアートショップめぐりなどを楽しんだが、一つ発見があった。それはニューヨーカーたちが意外と親切で、フレンドリーなことである。何回もNYCを訪れたことは合ったが、かつて親切だと感じたことはあまりなかった。それは、多少英語と関係があるように思う。NYCの英語はアクセンが強く、早口だ。 私自身の英語能力も原因の一つで、こちらがある程度構えている言うこともあってか、彼らの英語がぶっきらぼうに感じられ、それが親切でないということにつながっていたのだろう。今回は通りの出店の人たちとも少し話が出来、皆さんとてもフレンドリーだったし、駅のインフォメーションでもとても親切に対応してくれた。現地の人たちと少しだけよいコミュニケーションを取れたという満たされた気分を味合うことが出来た。たぶん、以前は私自身が鎧をまとっているのでうまくコミュニケートできていなかったのだろう。それが親切でないと感じる一端だったのだと気づいた。

こうしてみると、やはりコミュニケーションというのはお互いが近づくことを前提にしないと発展しないものだと思うのである。だから、やはり定期的な訪問は欠かせないのである。さて、ニュージャージーラボの後にノースカロライナラボへ行ったが、こちらとの付き合いはまだ数年。また新たな関係を気づかなければならない人々である。まだまだ垣根は高く、分厚い。新たなコミュニケーションの確立に奮闘しなければならない。同じ課題は今後も続くのである。

■2011年12月13日 「外国人とのコミュニケーションをするには...」

初めて会う外国人と良いコミュニケーションをとるためにはいくつかのハードルを越える必要がある。11月末の週から12月にかけて、米国関連会社よりアメリカ人が2人来日して、1週間一緒に仕事をした。初めて会うという事と日本が始めてという人たちだったので、迎えに行った大阪空港では非常に緊張した。(何年この仕事をやっていても、外国人に初めて会うときはいつも緊張し、なかなか慣れない。)相手もどんな人が迎えに来ているか分からないため同様に緊張。お互い緊張の面持ちで恐々声をかけた。
私の場合には、初めて会うという事だけでなく、「初めて会う人の英語が聞き取れるのか? 」これが最大の問題である。今回は、相手の英語も非常にスムーズでクリアに発音してくれ、会ってすぐに話が通じたので、結果として一つ目のハードルを越えることが出来た。 実は、今回のプロジェクト、急に決まったため、両者ともほとんど情報なしで仕事のスタート地点に立った。つまり、彼らと問題を常に共有していないと進められない状況だった。それもあってか、彼らも必死で、私と情報を共有しようと努力してくれていたので、いつもよりも非常に早くお互いを理解することが出来た。(実は、会ってすぐに良いコミュニケーションを図れたのは、今回が初めてだったかもしれない。)

過去の経験から、コミュニケーションをスムーズに図れるかどうかは、我々の語学能力はもちろんだが、お互いに相手を知ろうとする努力をするかどうかにかかっていると思っている。一方だけが努力して理解しようと努めても、相手がそうでないと、一方通行のやり取りになってしまいストレスが大きくなる。生まれも育ちも、そして国、仕事の環境、立場も違うわけで、それらを背景としたモノの考え方には違いが生じて当たり前である。また、常識も異なっているだろう。違うことを理解して、自分の考え方を発信すれば、発信の方法もおのずと変わってくるだろう。これは、別に外国人とのコミュニケーションに限らず、日本人同士でも同様のことが言えるのではないだろうか。

外国人と一緒に仕事をする上で2つ目のハードルは、食事である。さて、例のアメリカ人はというと、これまた日本食なんでもOK。食事で気を使わなくてすんだのでこのハードルも難なくクリア。最近は、日本食ブームも手伝ってか、年々食べ物に気を使わなくてよくなっているのは良い傾向である。 仕事自体はストレス続きだったけれど、結構有意義な一週間を過ごせたと思う。

■2011年12月06日 「エコ社会。デンマーク、ロラン島」

先日、TV番組でデンマークにあるロラン島という小さな島の存在を知った。この島、風力発電で島全体のエネルギーをまかない、かつコペンハーゲンの大都市への送電、売電も行って利益を得ているという。現在の島の主な産業は漁業と農業。 風力発電によって市民は豊かになり、まさに風と共に生きている様子。自然エネルギーから電気を作り、節電し、同時に利益を得て豊かになる。まさに、理想的なエコロジーである。番組の中で印象的だったのは、人々の言葉だ。「地球は、自分のものではなく、次の世代を育てるために借りているもの。」「節電は経済活動を阻害するものではなく、いっしょに育つもの。次の世代につなげるもの・・・。」地球の恩恵によって生きているという意識を皆が共有し、エコロジーを楽しんでいる様は感動すら感じた。

ロラン島も80年代、島の産業を担っていた造船業の衰退と原子力発電所の建設計画に大きく揺れたらしい。しかし、原子力発電所の建設を跳ね除け、自分たちで自活する方法を模索。風が常に強く吹いているという地理的要因を利点として捉えて風力発電の島へと変化してきた。そこには、自分が住む土地に感謝しつつ、土地と共に生きるという強い信念が伺えるし、その信念が新しい発想や工夫をもたらしたのだろう。 地理的環境が違うので、一概に同じような論理で真似が出来るわけではない。でも、自分たちの意思で決断・決定しているという点が重要だ。市民がもっと声を上げなければならないのであろう。そして、交付金なるものに惑わされることなく、Betterを探るべきだろう。今ある利害からは将来のBetterは見つからないと思うから。

放射能で汚染されてしまった福島原発周辺の土地。例えば、風力や太陽などの自然エネルギー発電所を立ち入りの制限されている土地に建設し、それを東京電力がより高い割合で買取、売電益が出るようにしてその利益を福島の土地に住む人たちに還元する。そして、自然エネルギー発電会社を設立して土地の人の雇用に繋げる。東京電力はこれらの電気を少なくとも20年以上買い続ける義務を負う。賠償金を払う或いは貰うより前向きな方法だと思うのだが。いかがであろう。

さて、今夏の節電。私の家では8月を除いてなんと前年比40%以上の電気の節約を果たした。8月はさすがに暑さに負けて冷房を使用してしまったが、それでも15%の節電を果たした。結構、無駄な電気を使用していた、とつくづく思う。一度慣れてしまうと、電気を節約することが苦にならなくなるし、かつ、不便でもなんでもない。結局は、あって当たり前から、なくて当たり前の発想の転換が功を奏したに違いない。さて、皆さんのご家庭、会社での節電はいかがでしたか?

■2011年11月22日 「伊豆社員旅行」

11月19日、20日、一泊二日で社員旅行に行ってきました。場所は伊豆半島の伊東温泉。3年ぶりの社員旅行です。業績が思わしくなく、旅行どころではなかった2009年。2010年は、一度は実施検討したものの、やはり不況の影響で旅行に対して冷ややかな社員が多く、結局、断念。今年こそはと奮起。夏前から計画をし、全員参加できることを確認、ようやく実施の運びとなりました。ご家族も何人か参加され、アットホームな旅行になりました。今回は、近場ということもあり、夕方までに現地集合、朝に現地解散という流れで、夕食と朝食を共にいただくだけで他は自由行動という、いたって自由な社員旅行です。

私は車で現地に向いました。1日目はあいにく、朝から雨。伊豆半島の海岸線は視界が悪く、海も鉛色で絶好のドライブ日和とはいえなかったけれど、天候のおかげ(?)で道路は渋滞もなく、スムーズに伊東に到着しました。早めについたので、市営駐車場に車を止めて、雨の中「東海館」付近を散策。「東海館」前のこじんまりしたレストランで昼食休憩。この「東海館」。昭和初期の建物で、温泉旅館だったのを今は伊東の観光施設として公開保存されています。趣があって雨に煙るその風情はなかなかのものでした。宿では、皆が三々五々チェックインし、お風呂に入ったりしてリラックスした時を過ごしました。伊東近海の魚介類や静岡産の野菜をふんだんに使った夕食もとてもおいしかったです。 2日目は、うって変わって快晴。海も青々ときらめいてきれいでした。 遊覧船に乗ったり、朝市を覘いたり、散策したりと思い思いの時を過ごし、帰宅の途につきました。

今回の社員旅行。ともかくもみんながリラックスできた様子で成功だったかな、と思います。近年は、社員旅行のために会社を休むことが難しく、どうしても休日実行とならざるを得ません。親睦を図ることが目的ですが、休日を会社行事にあてることは賛同を得にくく、参加の強制力もありません。この傾向はどの会社でも同じようです。社員旅行というと、会社への忠誠心と社員同士の親睦を深めることを目的にしてきた感がありますが、もはやその威力・意味合いは失われているようです。集団の中の「個」ではなく、「個」の集合体となりつつある会社。個と公をどうバランスさせるかは、会社運営の中で重要な課題であると思います。

ちなみに、弊社の親会社であるEAG(カリフォルニアラボ)では、毎夏、ピクニックを行います。今年は、9月のある土曜日に行われました。全員参加しているわけではありませんが、参加人数はほぼ1/3ぐらい。三々五々、家族を伴ってピクニック現地に集合して、バーベキューを食べ、話をし、思い思いに時間を過ごして解散するというもの。途中、簡単なビンゴゲームのようなものがあり、勝者にはプレゼントがあるなど、参加を促す工夫もしているようです。(今年の賞品は、なんと「i-Pad2」でした。)

■2011年11月21日 「私たちはどう生きるか」

戦前の評論家である吉野源三郎氏著「君たちはどう生きるか」(岩波文庫)をご存知でしょうか? この本は戦前に書かれた本ですが、いまだに児童書のベストセラーです。70年以上を経ても子供に推薦したい本の上位にランキングされるほどです。中学1年生の男の子を主人公にして、彼の日常の体験や感じたことから人はどのような大人になり、どのように生きていくのかを考えて、成長していく物語です。児童書ですが、大人が読んでも考えさせられる本です。本が書かれた背景には戦争があり、戦争に翻弄されることなく個を見つめることを説いていますが、現在の混沌とした社会情勢の中で生きることにも通じます。

私がこの本との出会ったのは、小学6年生の道徳の時間で、一節が教科書に載っていました。授業のあと、もっと読みたくなり、図書館で借りて読んだのを覚えています。またその後折に触れて何度も読み、影響を受けた本の一つです。戦前の本ですが、グローバルな視点を持つ重要さ、世の中には多様な考え方や生き方があることも述べられていて、今の大人である我々にとっても重要な意味がある本だと思います。(息子にこの本を中学入学の時にプレゼントしたのですが、読んでくれたのかどうか・・・?)

最近は、「損失隠し」「先延ばし」などモラルが欠如したようなニュースを多く聞きます。負の遺産の話ばかりで、先への不透明感は増しています。このまま世の中に流されて生きるのか、行動を起こすべきなのか、私たちはどう生きるのか、どう生きたいのかが問われています。
年末を間近に控え、災害の多かった2011年を振り返りつつ来年をどう生きるべきか、考えてみたいと思います。

■2011年11月16日 「会津への旅」

先日、ローカル線を乗り継いで会津に行ってきました。群馬、栃木の県境から福島に至る「野岩鉄道」と「会津鉄道」 はのどかな山あいを走り、山々は美しい色彩を見せていました。特に、福島の山々は多くが丸い形をしたやさしい趣の ある姿を見せて、凛と静かに鎮座する風情です。

江戸時代、会津藩には「什の誓い」、年長者を敬う心を育て、自らを律することを覚え、集団生活に慣れる為の 幼年者向け基本教育がありました。1.年長者の言う事にそむかない。2.年長者にお辞儀をしなければならない。 3.嘘を言ってはならない。4.卑怯な振る舞いはしてはいけない。5.弱いものいじめをしない。など・・・。 最後に、「ならぬことはならぬものです。」 この最後の言葉には気迫のようなものが感じられ、規律と忍従を 重んじていた会津の武家の人々の凛とした姿が思い浮かぶようです。この教えは山々の姿と通ずるものがあるように 感じました。複数の駅にも大きくこの最後の言葉が掲載されていて、今でもこの教えは人々の中に生きていると感じました。 いま、福島の皆さんは過酷な状況に置かれています。紅葉シーズンで賑うはずが、観光客が激減しているということでした。 観光、農業、畜産、林業全てが放射能という目に見えない脅威とその風評被害にあえいでいます。 「ならぬものはならぬものです」と忍従しようにもその理不尽さに対する怒りは飽和点を超えているようです。 私たちに出来ることは少ないけれど、せめてこの事実を忘れてはいけない、と思うのです。

私の出来ることの一つ、福島産の新米とお酒を購入して帰京しました。

■2011年10月19日 「セミナー御礼と反省」

10月7日に弊社主催セミナーを行い、多数のお客様にご参加をいただきまして無事に終えることが出来ました。この場をお借りしまして、御礼申し上げます。

毎年秋に「エバンスセミナー」と題して行ってきたセミナーも、今年で28回目となりました。このセミナーに向けて悩まされるのは、やはり内容です。お客様は常に新しいアプリケーションを期待されますし、それに応じられるアプリケーションを作り続けるのは結構大変です。特に、最近では、機密上の問題から分析結果の使用許可をいただけなくなるケースが年々増えてきています。そのため既存のデータや過去の応用例を使用し、見せ方などに工夫をしつつご紹介することになります。毎年ご参加いただいているお客様の期待を裏切らないセミナー運営をしなければなりませんので、年々プレッシャーが大きくなっています。過去に、準備段階でセミナーを実行できるかどうか危ぶまれた事もありましたが、それでも何とか毎年開催できているのは、やはり一重にお客様からの期待の後押しのおかげだと思います。

今年は今話題の「省エネルギーデバイス材料の分析紹介及び開発動向」と題して講演をさせていただきましたが、今後も更に『省エネ』は注目される課題の1つになることが予想されますので、今後もこのテーマを無視することが出来ず、さらに最新のアプリケーションと最新の分析技術を含めた内容を考えるのに四苦八苦しそうと、今から頭を抱えています。この背景の一つには、分析技術の進歩が緩やかになっていることがあると思います。近年は分析機器展などに行っても目新しい分析装置は少なくなりました。新商品といっても従来の装置の改良版が主で「画期的な」分析技術は少なくなっているように思えます。イオン、電子、X線などを用いる汎用分析装置はそろそろ物理的な限界に近づきつつあるのでしょう。もちろん、Spring8や加速器などの大型施設を用いた分析手法の進歩はありますが、我々の仕事は、あくまでも汎用装置を利用した分析サービスが前提となります。毎年斬新な技術や手法をご紹介し続けられたのは90年代まででした。21世紀になって正確さや精度の向上や分析手順などノウハウに関する技術は向上してきましたが、革新的な技術は少なくなってきており、それらの紹介は年々難しくなってきています。

今回のセミナーで、「SIMS分析で微小領域を分析する際、ミクロン以下が測定できる技術はあるか」というご質問をいただき、装置の画期的な変化がない限り無理であろうとお答えしました。実は、この質問は長年いただいている問いです。我々はその問いの回答をいまだ持ちません。しかしながら、分析に携わる我々が諦めたのでは、分析技術や装置の革新はなくなり、それは同時に研究開発の停滞に繋がっていきます。裏を返せば、研究開発には分析技術の進歩が欠かせないということです。諦めることなく分析技術の前進を目指し、そして疑問や目標を持ち続けていくことで新しい何かを見つけられると、そしてそれがお客様の期待に繋がることと信じて頑張りたいと思います。

■2011年10月12日 「継続の力」

同業他社さんの話をしようと思う。
私は、同業者である「株式会社 日産アーク」と「日本板硝子テクノリサーチ株式会社」から定期的に刊行される情報誌の読者であり、送られてくるのを楽しみにしている一人である。日産アークさんの刊行物「Monthly」は月刊、日本板硝子テクノさんの「NTR News Letter」は3-4ヶ月毎と記憶している。 どちらの刊行物も15年以上続いており、顧客との接点を持ち続けるという点と専門情報をわかりやすく提供するという点で似ている。

「Monthly」は手作り感があり、アットホームさと日産アークの皆さんの人柄を想像できるような印象を与えるのに対し、「NTR News Letter」は、硝子のスペシャリストとしてのベースをしっかりと持った技術集団の印象を与える。 インターネットなどの電子媒体が一般化した現在に至っても、あえて紙媒体で刊行物を発行しているのは、ひとえに顧客との接点を持つことに主眼が置かれているからだろう。ホームページ、ネット、電子媒体は受け手の顔がよく見えないので、それを刊行物で補っているのであろう。また、どちらの刊行物からも感じられるのは、信頼性である。ネット情報が溢れる現在、見かけを飾りつくして情報を発信するのは難しいことでなくなり、それらを利用しようとするユーザーにとって、本物や信頼あるものを見つけるのは簡単ではない。そんな中、あえて従来の方法を使いつつ、地道に情報を発信し続ける2つの会社の姿勢には好感が持てて、信頼性を感じることが出来る。

電子であろうが、紙媒体であろうが、広告はコストとのバランスである。弊社の場合、人材、時間そして使えるお金にも多大な制限があるので、なかなか両社の真似は出来ないが、オリジナルのポリシーを持ち続け、それを変わらず発信し続けるという姿勢には学ぶところが大きい。

■2011年10月7日 「地球からの恩恵」

朝晩が涼しくなり、虫の声が耳に心地よい季節を迎えました。影をよく見ると、毎日太陽が移動しているのがわかります。季節は確かにめぐっています。1月の新燃岳の噴火、3月の東日本大震災、そして先日の近畿での大豪雨と、今年は日本全土で自然災害が続いているように感じます。この傾向は地球全体でも同様です。季節の移ろいすら忘れがちな私達に、地球は猛威を見せて、警鐘を鳴らしているように思えます。

「どんなにすごいロボットを操っても、地から離れたら生きられない」
「土に根をおろし風と共に生きよう。種と共に冬を越え、鳥と共に春を歌おう。」(映画「天空の城ラピュタ」より)

私達は技術を開発し多くの便利を得てきました。それは決して「悪」であるとは思いません。そこから日々の糧をいただいているのですから。でも、石油、電気、水などのあらゆるものは地球の恩恵なしには成立し得ません。
災害は「地球に住む」こと、「共に生きる」ことを真摯に考えるよう問いかけているようです。

■2011年09月30日 「グーグルとカリフォルニア」

先週から今週にかけて米国に出張に行ってきました。主に、CAラボでミーティングを行うためです。仕事とは別に、初めてグーグルを”観光”してきました。グーグルの敷地をドライブしたというだけですが、グーグルが拡大しているのを実感しました。まず驚いたのが、その敷地の広さとビル群の多さです。何しろ、「Google」というストリート名もみられ、一企業だけで一つの街をなしている感があります。また、日本の企業のような閉鎖感はなく、非常にオープンで、誰でも敷地に入れるという感じで、(もちろん、ビルの中には入れないでしょうが)かわいいキャラクターたちの像もあったりして、遊び心いっぱいで楽しそうです。柔らか頭脳が必要な企業としてどこでもアイデアを引き出せるような環境を提供していると感じました。
さらに驚いたのは、電気自動車と太陽電池です。電気自動車が、太陽電池を屋根に配したバッテリー充電設備がついた駐車スペースに整然と並んでいました。それも数台ではなく、数えただけでも20台以上はあったと思いますが、たくさんの電気自動車、特に、カラフルな日産リーフが整然と並んでいる姿はショールームでもお目にかかれないものでした。グーグルは先駆けて電気自動車を導入し、従業員に貸与していると聞きました。前面にエコを打ち出し、エコビジネスにも参入し始めています。IT企業という立場を大いに利用して、エコの考え方を世界に向けて発信しています。エコロジーを促進する上で非常に優位な位置にいると感じました。
カリフォルニアは晴天率が非常に高く、かつ紫外線率も高いので、日本に設置された太陽電池より効率よく発電できるようです。この好立地性と新たらし物好きの人々が集うシリコンバレーという土地柄もあいまって、まさに電気自動車やハイブリッドカーなどのエコカーとエコへの考え方の先進地といえるでしょう。

ちなみに、Teslaのショールームを訪問し、電気自動車の赤いスポーツカーの運転席に座ってきました。かっこよかったです。

■2011年09月09日 「数字の一人歩きと取り扱い」

最近、放射線量の話題が上らない日はないぐらい、あらゆるところで放射線に関する数値を目にするようになりました。ミリシーベルト、マイクロシーベルト、ベクレルなど単位の異なった数値が乱舞している感があります。単位の意味がよく説明されないまま、数字だけが一人歩きしている様子は、測定から得られた数字を取り扱っているものとしては、危なっかしいと思わせるものがあります。

測定では、数字は常に非常に注意を持って取り扱われなければなりません。スペクトルデータシート共に数値を添付しますが、時にその数値だけに注目されてしますことが多々あります。測定数値は、測定機器の状態、機器の設定条件、測定時の状況、キャリブレーションの方法、その方法の確からしさなど多くの周辺要因が絡んでいます。それらの情報を集約して、初めて誤差や精度が算出でき、有効数字と精度の大きさを持ってデータ数値は判断されなければなりません。数字だけを見て議論することには非常な抵抗感があります。放射線量も同様です。また、放射線量は崩壊という過程が伴うのと自然放射線との区別も必要で、より難しくなります。
説明責任を果たすことが如何に大切か、考える今日この頃です。

■2011年07月29日 「遊び心と粋なサービス」

プチプチと呼んでいるいわゆる梱包緩衝材(正式名称は空気シートというらしい)。先日、会社で発送作業中ハート型のプチプチ部分が1個入っているのを見つけました。ハート型は1万個に1個まぎれているらしい。四葉のクローバーを見つけた時のようなうれしい気分になりました。ハート型は緩衝材としては不必要なものです。でも、この会社の余裕や遊び心を感じます。この会社(川上産業株式会社)、この空気シートを全く違う発想で異なったビジネスへと展開しているとTVで知りました。梱包を拡大解釈させて、人を包む、つまり寝袋に発展させたり、180度発想を変えて、空気が入っているプチプチ部分をつぶすことを目的としたストレス解消グッズなど遊び心満載の商品。一つの商品でも見方を変えるといろいろなものに変身するものだと感心しました。

日本にはこのようななくてもいいけど、あるとうれしい、あると便利といった商品やサービスが他の国よりもいっぱいあるように思えます。例えば、軽い力で開けられる食品包装。手を触れないで多機能トイレ便座など意識させないで便利さを付加した商品や遊び心満載の商品をいたるところで見にします。

日本的サービスの代表として「おもてなしの精神」が挙げられます。かゆいところに手が届くサービスをさりげなく加える。これが日本的サービスの発想でしょう。そのサービス自体ではお金はいただけないけれど、それによって顧客満足や継続性につながることも。それは「粋」でスマートに通じると思います。それに反してサービスを声高に誇張すると野暮になってしまう。

何気ないところでひっそりと役立っている技術・サービスは日本の強みの一つでしょう。

弊社は米国親会社の分析サービスを日本で販売していますが、ともすると親会社とサービスに対する考え方の違いを強く感じます。そんな時こそ、弊社の存在意義が発揮されます。弊社がさりげなく日本的な衣で包んでお客様へ分析データを報告することで満足をいただけるようにしなければなりません。我々も、あるとうれしい、あってほしい存在を目指したいですね。

■2011年07月21日 「土用の丑の日とウナギ」

7月21日は土用の丑の日。 鰻の蒲焼を買い求める人で鰻屋さんやスーパーでは大忙しのことでしょう。皆さんは鰻を食べましたか?そういえば、最近、いつ鰻を食べたか思い出せないぐらい、ご無沙汰しています。近年、シラスウナギ(ウナギの子供)の不漁が続き、特に今年は中国、台湾産の鰻も高騰しているようです。比較的安価になり、食卓にしばしば登場していた鰻ですが、庶民の口から遠ざかろうとしています。

ニュースでもしばしば報じられていますが、ウナギは生態がよくわかっていない魚。明治以前は、河口や川に遡上してきた親ウナギ(成体)を捕まえて食していたのを、シラスウナギから養殖していつでも安く食べられるようになってきたのは戦後です。産卵からシラスウナギになるまでの生態はなぞが多く、養殖も研究段階のため、産卵、孵化、シラスウナギへの成長過程やそれらの環境を知ることが最大の研究課題です。先日、東大の研究グループがウナギの卵の捕獲に成功したニュースが報じられましたが、卵から養殖するのはまだまだ先のよう。それまで、ウナギ資源が枯渇しないよう漁獲規制も強化される可能性があり、ますます高級食材への道を進んでいます。

実は15年ぐらい前、ウナギの幼体(レプトケファルスというらしい)の耳石の分析を行ったことがあります。魚の耳石は樹木の年輪のように時間と共に成長します。耳石の中心から外側にかけてのSIMS分析で酸素の同位体を調べて孵化直後からの水温との関係を調べるという目的でした。ウナギは成長過程で温度が重要な要素になっているかもしれないということでした。温暖化で海水温の上昇がもしかしてシラスウナギの不漁につながっているのかもしれませんね。

分析で関わったこともあり、その後、ウナギのことを耳にすると研究は今どの段階に入ったのだろうと興味がわきます。我々の分析が将来の私たちの食卓につながっているかもしれないと思うと、少しうれしくなります。SIMS分析は、半導体や電子材料だけでなくいろいろな分野の研究を支えているのです。

さて、今年の土用の丑の日は2回あります。2回目の丑の日は8月2日。今回食べそこなった人は8月2日にウナギを食べて暑い夏をのりきりましょう。

2011年6月の記事一覧
  • 06月16日「明るすぎた日本?」

■2011年06月16日 「明るすぎた日本?」

2ヶ月ほどブログをお休みしていました。震災後、いろいろなことが起こり、日々めまぐるしく状況が変化していく中、考える事が多すぎてまとまりがつかなかったのが原因です。電力不足、放射線など不確定情報が多すぎ、何を信用すべきかわからず不安の中で皆が過ごしている状況で、安易に言葉を発していいのか?そんな不安もあり、躊躇しておりました。

震災後街や駅、店舗の明かりの量は大幅に減少しています。弊社がある池袋駅では、現在はほぼ半分の蛍光灯が間引きされているようです。弊社でも、電力消費削減の一環で、電灯をほぼ半減させました。昨日はビルの管理会社とも話し合いが持たれ、7月から9月にかけてのビル全体の消費電力削減に向けた対応方針も決まりました。半分の消灯、PCなどの省エネモードへの設定など個別オフィスには義務付けされ、かつ、共用部(トイレや給湯室、エレベータ、踊場など)の消灯、空調停止なども盛り込まれました。それでも実際に夏になってみないと、15%削減を達成できるのかわかりません。なんとも、綱渡り的な様相です。

さて、明かりの減少で初めは暗いと思いましたが、慣れてきて、今は全く暗さが気にならなくなり、駅中では十分な明るさと感じています。改めて考えてみると、実は震災前の日本は明るすぎたのかもしれません。確かに、明るいと見かけが立派になります。でも、それは見かけのものであり中身ではありません。そういう意味で、いままで外観に左右されていたのだと改めて感じます。

オフィスの明るさの基準はJIS企画などで定められていますが、日本のオフィスの場合、最低でも750ルクスを確保するようJIS規格では推奨しています。オフィスの照度基準は国によって異なり、ドイツで500ルクス、米国では300ルクスだそうです。そういえば、米国本社に行くとオフィスの中は非常に暗い印象があります。日本のJIS規格では、「人々の諸活動が、安全、容易、且つ快適に行えるような視環境を作り出すための照明基準・・・」と定義しています。確かに、明かりは仕事の効率などにも影響を与えますので、そういうことも考慮した上での規格だと思いますが、この電力不足の危機をよいきっかけとして明かりの配置、量を考えなおすべきだと感じています。照度を下げることが出来れば、結果として省エネにつながり、温暖化対策の一環としても有効です。今は、LED電灯など機器を変えることだけに意識が向いがちですが、照度基準や生活のあり方を考えなおすことも立派な省エネ対策だと思います。

■2011年04月20日 「防災用品と訓練」

今回の大地震がきっかけとなり防災グッズの品薄状態が続いていますが、弊社でも遅ればせながら社員全員に防災品の準備を指示しました。
あの日、東京都心では電車が止まり、すべての人たちが帰宅の方法の確認と自宅にいる家族の安否確認に右往左往しました。地震そのものの被害よりも、それに続く状況の方が深刻であったと痛切に感じました。東京都内で働く多くの人々が帰宅出来ず、まさに災害帰宅困難者となるということを実感したわけです。
あの日、徒歩で帰宅の途についたのは出勤していた12名の社員の内8名でした。残り3名は電車再開を待ちつつタクシーの列に並びましたが、結局タクシーには乗れず深夜に動き始めた電車で帰宅しました。1名は帰宅を断念し、会社に泊りました。徒歩で帰宅した人の内、5人は途中で歩くのを断念しましたが幸運にもタクシーを拾い無事帰宅しました。私の場合は、約14km近くの道のりを3時間かけて歩きました。
歩いた時間は2時間から6時間程度でしたが、皆口々に言うのは「これ以上長い距離は歩けない」というものでした。普段長い距離を歩く機会が乏しいので、股関節やひざが痛くなったことが最大の要因のようでした。結局ほぼ全員日付が変わる前には自宅にたどり着けましたが、帰宅することの大変さを嫌と言うほど味わいました。

今回の体験から、近い将来に生じるかもしれないもっと悪い状況を想定しておく必要性があると思っています。本当に全員が歩いて帰らなければならない状況や都内での避難が長引く状況が生じると考えられます。そのため、最低限、且つ必要不可欠なものを机の下に置くことを全従業員に指示しました。
 1.リュック(履いている靴や貴重品などを入れるのと水などを背負うため)
 2.歩きやすい靴(スニーカー)
この2つは自分が歩いて帰宅した際に一番必要と感じたものです。弊社では、このほか、水、簡易食べ物、手袋、携帯ラジオ、懐中電灯、そしてヘルメットを支給予定です。必要なものは言い出したらきりがありませんが、まずは安全に帰宅することを重点に置くことにしました。
さらに必要なのは、帰宅経路のシミュレーションです。地図を購入して、最低2つの異なった経路をシミュレーションしておくことも指示しました。実際に直下型地震が生じた場合、多くの道が歩行困難になる可能性もあります。また、最短距離の道が必ずしも最適で安全な道とは限りません。事前に訓練なりシミュレーションをしておけば、その場での対処も的確に判断できるでしょう。

地震はいつ、どこで起きるかわかりません。だからこそ日頃の心構えや準備、訓練がいざという時に役に立つとあらためて実感しています。小さい頃から学校等で避難訓練は行なってきましたが、自分の身に起きることとして実感がなく、多くの人はその重要性がわかっていなかったのではないでしょうか。今こそ、避難訓練を頭に思い描くことが重要ではないかと思います。

■2011年04月12日 「常磐線の旅の思い出」

気まぐれに小旅行に行くことがあります。特に、ローカル線のゆったりとした旅に、無性に行きたくなることがあります。3年前の6月、常磐線で上野から仙台へ日帰り旅行に行きました。前日に思い立ち、土曜朝8時、上野発のスーパーひたちに乗り込みました。ウィークデーの朝のスーパーひたちはビジネスマンでいっぱいですが、週末はいつもと違って乗客もまばらで、まるで貸しきり列車のようでした。仙台には新幹線を使ってよく行くのでもっと近いと勘違いをしていたのですが、実は「いわき」が上野-仙台間の中間点だと知ったのはその旅の途中でした。その日は雨で常磐線の車窓から見る太平洋は空の色を映して幾分暗い色をしていたのを覚えています。列車のガタゴトという音以外は静かな車内でゆっくりと本を読み、本に飽きると穏やかな海や海岸線を眺めたり、4時間半あまりの小さな旅でしたが、とても心に残る旅でした。仙台到着後は、雨でより鮮やかになった新緑の定禅寺通りを散歩し、通りを眺めながらランチをいただき、新幹線で帰宅の途につきました。日立より北を走る常磐線からの眺めが特に気に入っています。時間を見てまた行こうと思っていましたが、今回の震災で常磐線の沿線は甚大な被害を受けてしまったようです。また、福島原発の影響もあり、いつ仙台までの道筋が回復するのかわかりません。東北新幹線は5月初めにも全線開通を目指して懸命の復旧がなされています。でも、常磐線は原発の心配が払拭されるまでは、途切れたままでしょう。

北関東から東北地方には素敵なローカル線がたくさんあります。まだわずかしか乗っていないのですが、お気に入りは、米坂線(米沢-坂町)、仙山線(仙台-山形)、陸羽東線(小牛田-新庄)、そして仙石線(仙台-石巻)です。しかし、これらのローカル線は震災の影響でいまだ開通していない線が多くあります。特に、仙石線は津波で壊滅的被害を受けた町々があり、復旧には長い時間を要するようです。

ある女性が取材で言っていました。「50年に2度も(津波で)破壊される町には住みたくない。でも、この町が好きだから住み続けたい」と。 沿線の町々街町の景色はまさに住んでみたいものでした。3回目のない街づくりが問われているのでしょうか・・・。

いつか町が復興し、線路が復興した時、訪れたいと思っています。あの穏やかで美しい景色が早く戻りますようにと切に祈るばかりです。

■2011年03月31日 「平時と有事」

大震災から3週間近くになっても未だ被災地では物流の改善も遅々として進まないのが実情で、不明者の方々の発見も困難を極めているようです。現地で復旧に尽力されている皆様には、本当に敬意を表します。

東北地方の部品工場が地震や津波で操業停止となり、それが部品不足を呼び、全国各地、さらに海外でも製造を止めなければならなくなっている業界もあります。地震の影響がなかったJR西日本でもモーターのカーボンブラシ供給がストップしたため、間引き運転も予測されているようです。今回の地震による二次的被害が全国、世界規模になりつつあるのを感じます。また、被災地の病院では薬在庫がないため、開業できても、患者を治療できないなどの不都合も生じ始めているようです。これはインフラや物流網の回復により徐々に改善すると思われますが、今必要な被災者の方々の健康を確実に脅かしています。

この元となっているのが、「平時」を想定した物流システム、少量多品種生産、少量在庫が一つの原因です。「平時」では、IT技術を駆使して、在庫状況をオンラインでチェックし、必要な時に必要なだけ運び、必要なだけ使うことでコストを最小限にし、利益を追求してきました。ある病院などでは、薬の在庫は3日分だけというところもあったそうです。しかし、この誰も予測できなかった大惨事により、「平時」には優れていたことが機能せず、混乱に追い討ちをかけています。 リスクマネジメントの大切さが叫ばれて久しいですが、今、現実に「有事」に遭遇してみると、平時に考えていたことはやはり机上の空論だったかと思わざるを得ません。「平時」のコスト管理の方法が、「有事」の弊害にもなると感じます。

弊社でも震災の翌週のガソリン不足の混乱余波で、試料を米国へ発送できない事態に一時陥りました。西日本の元気な企業様より試料がきているのに、発送ができないために、納期どおりに分析できないのです。この時には、貨物集約場所まで荷物を社員が電車を乗り継いで持ち込むことで対応しましたし、EAG自体が日本からの分析を最優先で行なう体制のおかげもあり、大きな遅れを起こすことなく、お客様への迷惑も最小限することが出来ました。しかし、「有事」の備えが全く出来ていなかったと強く反省しています。弊社の影響は他の企業様に比べれば些少ですが、小さい会社であればあるほど、小さな影響で簡単に会社の土台が危うくされかねません。危機の大小にかかわらず、それらは会社の行く末を平等に危うくするものです。

「有事」を想定して物事を組み立てるのは実は簡単ではないと思います。
「喉元過ぎれば・・・」のたとえでもあるように、平時に戻れば、また有事を忘れてしまいますし、いつ来るかわからない有事に対しての備えは後回しになります。それが世の常でしょう。また、かかわりが複雑になればなるほど、有事を一元的に考えるのは難しいことです。答えはまだ見つかりません。でも、これをよい機会として、皆が「有事」を考える必要性を感じます。

■2011年03月25日 「天災と人災」

東北地方を襲った大地震から2週間が経ちました。あっという間の2週間でした。しかし、いまだ被害の全容が解明できず、被災者方々、犠牲者の方々の数は日々増えています。情報化社会の盲点がそのまま露わになった形です。また、東京電力管内の発電所の多くの被害による電力不足は、交通網に影響を与え、工場などの操業停止、不可など2次的被害や問題を露見する事になっています。あらためて、現代人が「電気」に依存して生活しているかを痛感しています。電気がないことは、両足、両腕をもぎ取られたようなものです。天災から誘発された現代社会による人災ではないかとも考えられます。

連日、関東近郊では山の手線内を除いて計画停電が実行されています。先日、我が家地域の計画停電が夜(6時20分~10時)に実行されました。集合住宅に住んでいるので、電気がないだけで、湯沸かし器、水道のポンプの起動がなくなり、水、ガスが使えなくなります。3重苦です。とにかく、夕食とお風呂だけは確保しなければと、急いで帰宅して、風呂を沸かし、簡易夕食を作り、ローソクを用意し、停電予定時間までに何とか準備を整えました。そして、ローソクだけの明かりで夕食をいただき、お風呂に入りました。どの家庭も暗闇で何もする事がないのか、いつもよりもひっそりとしていて、自分の息遣いだけが聞こえる空間で暗闇と静けさを感じた3時間あまりでした。

暗闇の中で考えたのは、我々が今まで空気のように当たり前と思っていたものは、実は壊れやすいものだったということです。さらに、必ずしも必要ではないことに対しても、当たり前に頼っていたと思います。PC、携帯などを含め便利・電気製品が氾濫し、それらがない生活を考えることがもはや、できなくなっています。今回の震災を契機に、本当に必要なものは何か?生活をシンプルにする工夫が必要ではないか?そんな事を取りとめもなく考えたのです。

被災地の皆様はこんな悠長なことは言っていられなく、暗闇の中で想像を超えた多くのストレスと戦っておられることでしょう。早い復興をただ、ただ祈るばかりです。我々にできるのは元気に仕事をして、早く日本の経済を元気にさせること。それが被災地の復興を支える源となるようにすることだと思います。

■2011年03月25日 「謹んで地震被害のお見舞いを申し上げます」

この度の地震で被災されました地域の皆様には謹んでお見舞い申し上げます。 東京の地から何もできない事に歯痒い思いをしておりますが、 早く復興に取りかかれる事を切にお祈りしております。

東京でも震度6弱ということで、経験をしたことのない長い揺れに恐怖しました。 弊社のビルでも初めての退去命令がでて一時騒然としました。 さらに、首都圏の交通網が麻痺し、結局従業員は他の多くの人と同様、徒歩で帰宅しましたが、 無事家に辿り着けたときにはほっとしました。 しかし、ほっとできる家を失った被災地の方々の喪失感はいかばかりかと思われます。 TVで刻々と入ってくる映像は、「壊滅的」という言葉の本当の意味を教えてくれるものばかりで涙があふれてきます。

天災が起こるたび、「想定外」の事態という言葉を聞きます。 今回も津波の高さ、震源の大きさ、原子力発電所の耐震状況など全てが想定外でした。 人間の英知といいながら、自然の猛威は常にそれを越えてしまうものだということをあらためて思い知らされます。 「想定」からさらに最大限のイマジネーションを働かせなければ天変地異に対処など出来ないと感じます。 まさに、「天災は忘れた頃にやってくる」。 人間の時間と自然(地球)の時間の長さの違いが、天災を忘れさせてしまう要因でもあります。 一生に1,2度あるかないかの天災からどのように身を守り、対処するのか、 一人ひとりが考えていかなければならない課題です。

■2011年03月10日 「新幹線と地方について」

東北新幹線が3月5日、新青森まで開通。東京-新青森間が最速で3時間10分で結ばれました。また、今週末には九州新幹線の全線開通で、いよいよ本州最北から九州最南までが陸路で、約10時間あまりで行き来できるようになります。新しい鉄道は新たな物流や人の動きを促し、活発化させる可能性があり、久々に明るい話題です。しかし、あえてスポットライトにあたっていない事柄を考えてみたいと思います。

新幹線網により、より遠くに、より速く、より多くの物・人を運ぶという目的は達せられましたが、これはあくまでも大都市圏と地方の街を結ぶ方策の一つで、それら沿線の地域には配慮しているとはいえない気がします。新幹線駅のある町では新幹線開通の経済効果の恩恵を受けるかもしれませんが、その代償として地元の足となっている在来線などの既存の交通網が貧弱になり、結果として沿線やその周辺の町では日常の移動すら不便になることもしばしば聞かれることです。地方では車なしでは隣町への移動も容易ではないと聞きますが、車を運転できない子供や老人はより不便になる場合もあるでしょう。点と点を繋ぐ開発の影で弱者が議論されず、切り捨てられている気がします。

確かに、新幹線は中央から多くの人を運んできてくれるかもしれませんが、同時に多くの人を都市に向って流出もさせます。双方向に移動が進むとき、地方はもはや自身のみで存続できない危険性も含んでいます。中央への依存が大きくなればなるほど、地方としての存在意義や経済を自身で維持できなくなってきてしまうかもしれません。

客先訪問で地方に出張すると、地方在来線の不便さを痛切に感じます。新幹線が開通すると、それと平行で走っている在来線の列車本数が激減したり、廃止などの憂き目にあっているからです。私は地方出身者ですので、交通の不便さは身にしみてわかっています。田舎を離れて長くなりますが、田舎を訪れるたび改善どころか、不便さが増しているように感じます。

今日の鹿児島や青森の人々の喜びや興奮が、地元の人たちの暮らしに密着したものになり、将来も喜びをもたらすものであることを切に祈りたいものです。

■2011年02月22日 「5Sプロジェクト」

前回、片付けについて書きましたが、社内で「5Sプロジェクト」を発足させました。元々、5Sは工場などの安全管理からスタートした考え方ですが、仕事の効率を考える上でも重要且つ基本事項です。弊社はオフィスだけですが、年々書類は増える一方でペーパーレスを敢行しようとしても簡単でなく、保管書類だけでも膨大な場所が必要となります。キャビネット、保管場所には限界があり、如何に効率よい保管、ファイリングを実行するかは、日常のルーチンワークの効率化にも繋がっていきます。

5Sを敢行するにあって、一番障害となるのは一人ひとりの考え方です。誰しも、現状を変えるのには躊躇します。慣れてしまうと変えることは容易ではありません。「いつかは使うかも」「この書類は今後見るかも」「今のファイリングに満足しているから変えたくない」「片付けの必要性を感じない」などなど……。特に、ベテラン、中堅社員ほどその傾向が強く、率先してやりたい仕事ではありません。まずはこれらの考え方を打破、否定してかからなければ次に進めません。それでも、書類やファイルを探すのにどれだけの時間を費やしているのか、仕事をするのにどれだけの場所を移動しているのか、などを見直していくと必ず「整理、片付け」の意味が見えてくるに違いありません。

前回のブログで書いた朝の雑巾がけ。ブログのあと、ほぼ毎日実行できています。その効果は自分の生活に波及しつつあり、毎日に張りが出て、けじめがつくようになったと感じています。きれいになるとうれしいし、うれしいと片付けも苦でなくなります。そのうれしいが継続する原動力となっているように感じます。やはり5Sは良いこと尽くめだと実感しています。この喜びを会社の人たちと共有したい。意識改革を行い、5Sプロジェクトを完成させた時、オフィスはこんなに広かったか!と思えるぐらいの効果を期待したいと思っています。プロジェクトのその後は、折に触れて紹介していきます。

■2011年02月09日 「春は片付けの季節です?」

早いもので、2月に突入。節分も終って、暦の上では春です。今朝、早起きをして床の雑巾がけをしました。朝の雑巾がけは静寂の中で気持ちが引き締まり、目覚まし効果も抜群です。且つ掃除機がけよりきれいになり、運動効果も期待できます。実は、これは今年の目標の一つである身の回りの「片付ける」に通じています。本当は毎朝、運動もかねて雑巾がけをしようと決めたのですが、年初から躓き、なかなか習慣づけが出来ません。今のところ、週一ぐらいでしょうか。そればかりか、仕事にも「片付け」がはかどらず、ばたばた右往左往しているうちに時が過ぎているという感があり、まずいと思っています。

巷では「断・捨・離」「片づける」がブームです。 やましたひでこさんの公式ホームページに定義が次のように記されています。「断・捨・離とは、自分とモノとの関係を問い直し、暮らし・自分・人生を調えていくプロセス。 不要・不適・不快なモノとの関係を、文字通り、断ち・捨て・離れ、引き算の解決方法によって停滞を取り除き、住まいの、暮らしの、身体の、気持ちの、人生の、新陳代謝を促す・・・」 

小松易氏著「たった1分で人生が変わる片づけの習慣」では、「片付ける」は、単に整理整頓ではなく、「片をつける」「物事を処理する」「始末をつける」であり、人生の基本であると言っています。自分の身の回りを整理し、要・不要を判断するプロセスの中で自分の目標を再認識できるというもの。確かに、ごちゃごちゃの中から良いアイデアは浮かばないし、時間だけでない多くの無駄が発生し結果として非効率的です。生活だけでなく、仕事現場でも同じことが言えて、片づけが出来ている人は仕事も効率的にこなしている場合が多いとのこと。自分の机を見て、しみじみと反省しきりです。

製造現場で長く行なわれている活動に「5S運動」があります。5Sとは、整理、整頓、清掃、清潔および躾。
  整理=「要るもの」と「要らないもの」に分けて「要らないもの」を捨てること
  整頓=「要るものを使いやすいように置き、誰にでもわかるように明示する」こと
  清掃=「常に掃除し、きれいにする」こと
  清潔=「整理・整頓・清掃の3Sを維持する」こと
  躾 =「決められたことを、いつも正しく守る習慣づけ」のこと

主に、製造現場でのモラル向上活動として利用されてきましたが、この「5S」や「片付け」は全ての仕事に共通の基本条項です。日常生活でも同じです。 一見簡単に見える事柄がなかなか実行できない。オフィスでもいつの間にか書類があふれていたり、仕掛かりの仕事に振り回されたりしています。社長である自分自身の周りがそうですから、会社全体で片づけの号令を出してもなかなか先に進みません。それは自分自身が「片をつけていない」からにほかありません。まずは、自分の生活の「片をつける」こと。習慣化すること。を第一歩としなければ前へ進めません。前へ進むため、明日も早起きをして雑巾がけをします!

2011年1月の記事一覧
  • 01月07日「新年のご挨拶」

■2011年01月07日 「新年のご挨拶」

新年明けましておめでとうございます。
本年も今まで以上に信頼をいただける仕事をするよう精進してまいりたいと思います。
よろしくお願いいたします。

さて、皆さん初夢はごらんになりましたか?
お正月というと、「一富士二鷹三茄子」といわれるようにやはり富士山が真っ先に思い浮かびます。
この富士山、冬になると通勤電車でもくっきりと見えるようになります。私が毎日乗っている埼京線でも 冬は富士山がきれいです。見えた朝はちょっと得した気分になり、元気をもらった気がします。
仕事始めの朝、車窓から見た富士山は青空を背景にしてとても美しく、今年は縁起がいいかも!と 少しだけうれしくなりました。このちょっとした幸福感が、実は今の私たちに最も大切な事ではない でしょうか。

ところで、新入社員だった頃、上司が「仕事は面白いのは当たり前。愉(楽)しく仕事をしよう!」 といっていました。「面白い」はinteresting。「楽しい」はfun、enjoyです。だんだん面白い仕事が 出来なくなってきて、楽しむ事を忘れてしまっている昨今ですが、実は楽しむことが出来れば、面白くも なってくるものです。結局、楽しめるかどうか、面白くするかどうかは自分次第という事なのでしょう。 今の時代、先行きが不透明で突破口を見出せずにいることが多いですが、まずは自分自身で小さな幸せ を見つけ、小さなことを「楽しむ」ことが出来れば、少しずつ新しいアイデアや閉塞感を打ち破る道筋が 見えてくるのではないでしょうか?
新年にあたり、先ずはもう一度初心にかえって仕事を楽しむことから始めてみませんか!

011年が皆様にとってよい年になりますようお祈りいたします。

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